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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1147号 判決

控訴人 被告 浅見ハル 外一名

訴訟代理人 滝島克久

被控訴人 原告 鈴木孝一

訴訟代理人 早瀬川武

主文

原判決を取消す。

川崎簡易裁判所昭和三十四年(ロ)第五二五号請負代金請求事件の仮執行宣言付支払命令はこれを認可する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決をもとめ、被控訴代理人は控訴棄却の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は後記(一)乃至(三)に記載する以外は原判決事実欄にしるすところと同じであるからこれを引用する。

(一)  控訴人が瑕疵としてその修補を主張するのは、乙第二号証の一乃至十一(写真)に示す如く階下天井、待合室、一階窓上、二階五号室、十一乃至十三号室、十六号室、同室天井、十七号室の天井、壁等に何れも著しい亀裂を生じているのを指す

(二)  控訴人は、本件工事の瑕疵にもとずく抗弁は、同時履行の抗弁のみにとどめ、瑕疵補修に代る損害賠償債権と本件工事請負代金債権との相殺の主張は撤回すると述べ、被控訴代理人は、右撤回に異議ないと述べた。

(三)  証拠として、控訴代理人は乙第二号証の一ないし十一、第三号証を提出し、当審証人中村栄次郎の証言、当審における控訴人浅見ハル本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人は、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第二号証の一ないし十一、第三号証はいずれも不知と答えた。

理由

一、被控訴人が昭和三十三年三月控訴人浅見ハルから同控訴人所有の本件建物につき左官工事一切を代金六十万円で請負い控訴人古田延次郎が被控訴人にたいし、控訴人浅見の右請負代金債務につき連帯して支払う旨約したこと、右工事が同年六月末ごろ一応完了し、被控訴人は控訴人浅見にその引渡しをしたところ、控訴人らは約束の請負代金中金四十五万五千三百三十九円を支払つただけで、残十四万四千六百六十一円を支払わなかつたこと、そこで昭和三十四年六月十日被控訴人と控訴人両名の間に右残金の支払に関し、被控訴人主張のような分割払の合意が成立したが、控訴人らは内二万円を支払つただけでその余を支払わなかつたので同年十月三十一日の経過とともに分割弁済の期限の利益を失い残額十二万四千六百六十一円を連帯して即時支払うべき義務を負うにいたつたことについては、つぎのとおり附加するほか、原判決理由にしるすところ(原判決理由一ないし三)と同一であるからこれを引用する。

「当審における控訴人浅見ハル本人尋問の結果のうち原審の認定に反する部分は信用しがたく、当審における被控訴人本人尋問の結果は原審の認定をいつそう確めるものということができる。」

二、控訴人らの同時履行の抗弁について案じるに、当審における控訴人浅見ハル本人尋問の結果により成立を認めうる乙第二号証の一ないし十一、当審証人中村栄次郎の証言により成立を認めうる乙第三号証、右証言および本人尋問の結果をあわせると、昭和三十六年八月当時において本件建物の階下天井、待合室、二階五号、十一号、十二号、十三号、十六号、十七号室の各壁面等に相当の亀裂が存し、外観上見苦しい状況に在ることは推測でき、その外形上は工事の欠陥である如く見られるが、法律上具体的に果して被控訴人の為した工事に附着又は内在していた瑕疵であるか否かについては本件全証拠によるもこれを認めるに十分でない。殊に被控訴人が本件左官工事を完了して控訴人浅見に引渡したのは前記認定のとおり、昭和三十三年六月中であつて、この当時に在つては控訴人等の主張に符合する前示認定の如き壁の亀裂等のあつたことは前掲各証拠によつてもこれを確認するに由なく、他にこれを認めるに足る証拠はない。そればかりでなく、控訴人浅見が、壁の亀裂その他被控訴人の左官工事の仕事の瑕疵について工事完了引渡後一年内に補修あるいは損害賠償の請求をしたとの主張については、この点に関する当審における控訴人浅見本人尋問の結果は、当審の被控訴人本人尋問の結果および前記認定の昭和三十四年六月十日に工事請負残代金の支払について本件当事者間に契約がなされ控訴人らは同年九月までにその一部を異議なく履行している事実に照らしたやすく信をおきがたく他に控訴人らの右主張事実を認めるにたる証拠はない。したがつて仮に控訴人らの主張する本件工事の瑕疵があつたとしても被控訴人が同控訴人浅見に本件工事を完了し引渡した時から一年以内に同控訴人が瑕疵補修または損害賠償の請求をしなかつたことにより被控訴人の担保責任は消滅したものというべく、いずれにしても控訴人らの同時履行の抗弁はこれを容認することができない。

以上の次第で、控訴人らにたいし、本件左官工事請負残代金十二万四千六百六十一円およびこれにたいする弁済期後の昭和三十四年一二月一日以降民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払をもとめる被控訴人の請求は理由がある。

三、しかし本訴は被控訴人の控訴人らにたいする前段認定の請負残代金十二万四千六百六十一円及び之に対する昭和三十四年十二月一日以降完済迄年五分の割合による損害金を目的とする支払命令の申立によつてはじまり、これを認容した川崎簡易裁判所の支払命令(同庁昭和三十四年(ロ)第五二五号、債務者たる控訴人等に対して昭和三四年一二月二六日送達)に対し昭和三五年一月一三日同裁判所によつて仮執行の宣言が付され、これにたいする控訴人らの異議申立により通常訴訟に移行したことが記録上あきらかである。

従つて被控訴人が第一審裁判所たる横浜地方裁判所川崎支部の本件第一回の口頭弁論期日に於て請求の趣旨として前段認定通りの残代金及損害金の支払を求める旨述べた趣旨は、右仮執行宣言付の支払命令の認可を求めたに外ならない。

故に請求が理由ある場合には右の仮執行宣言付支払命令の認可を宣言すべきである。

以上の結論は、仮執行の宣言を附した支払命令については、民訴法第四三七条の如き規定を欠くこと、仮執行宣言付の支払命令は異議の申立により債務名義たる効力を失はないことを前提とする同法第五一二条の規定あること、其他同法第一九八条の適用あること等に徴して明らかである。

しかるに原判決がこれをなさず、重ねて控訴人らに本件請負代金を支払うべきことを命じたのは法律上失当であるからこれを取消すべきである。但し控訴人は終始債務を争つていたのであり、第一、二審共実質上敗訴者であるから、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第九〇条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木忠一 裁判官 谷口茂栄 裁判官 宮崎富哉)

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